真アウトプット奮闘記

アウトプットをしっかり出来る人間となり自己実現を目指す男の奮闘記

泣きぼくろ。

僕がまだ小学生だった頃。

父と母は毎日の様に喧嘩をしていた。

母は父の稼ぎの少なさを貶し。

父は病弱で働きに出れない母の不甲斐なさを責めた。

『お父さんとお母さん離婚するかも知れない。』
『お前はどっちに来たい?』

こんなにも恐ろしい質問を

浴びせられる事も日常だった。
僕は唯一大人に対抗出来うる手段。
涙をもってして

二人の離婚を阻止しようと試みる毎日だった。

小学生の僕は毎晩寝る前に祈った。

お父さんとお母さんが喧嘩しませんように。
お父さんとお母さんが離婚しませんように。
お父さんとお母さんが仲良くなりますように。
みんなが幸せになれますように。

毎晩布団の中で百回祈った。
百回祈れば明日の朝には

みんな仲良くなれることを信じて。

それでも土曜の夜には

また当たり前の様に喧嘩が始まった。
きっかけはきっと些細な内容だったのだと思うが。
父が怒り母に投げ付けたニンジンが。
押入れの襖に突き刺さったことは

今も鮮明に忘れない。
ニンジンの絶望的に綺麗なオレンジ色を

決して忘れない。

僕より小さな妹は

こんな状況を全く気にすることも無く。

ブラウン管のドリフターズ

キャッキャと笑い魅入っていた。
僕は妹の後ろに座り。
僕よりもずっと小さく無防備な。
笑ってはしゃぐ無垢な背中を

しっかり強く抱きしめた。
ブラウン管の向こう側の陽気で楽しい世界の様に。
こっち側の僕らの現実も。
陽気な笑顔に包まれる日が

絶対やって来ると強く信じた。


お父さんとお母さんが喧嘩しませんように。
お父さんとお母さんが離婚しませんように。
お父さんとお母さんが仲良くなりますように。
みんなが幸せになれますように。


小さな心の中ではいつまでも。
祈りの言葉だけが永遠に繰り返されていた。


あれから二十年近くたち。
祈りが通じてくれたのかどうか。
今をもって父と母は二人で暮らしている。
最近ではもちろん歳のせいもあると思うが。
随分とお互い心穏やかになってくれたので

とても嬉しい。
今ではあの小さく無防備な背中だった妹の。
可愛い赤ちゃんに二人揃ってぞっこんだ。

そして大人になった僕の左の目尻には。
二人の離婚を阻止する事が出来た

勲章であるかの様に。

泣きぼくろがぽろり一粒。

あの頃の涙の意味を称えてくれる様に。
少しだけ誇らしげにたたずんでいた。