真アウトプット奮闘記

アウトプットをしっかり出来る人間となり自己実現を目指す男の奮闘記

白猫とお婆さん。

ガッシャンコン。ガッシャンコン。


僕が今度引っ越してきたこの町は。
こんな無機質で機械的な音が。
其処彼処で聞こえる工業地帯です。
世に言う京浜工業地帯の一角です。

越して来てまだ1週間。
未だ自分の安アパートの周辺状況を

把握出来ていない僕は。
煙草が切れた事もあり。
散歩がてら煙草屋さんを探しに出かけました。

正直。
いや特に隠すつもりはないのですが。
二十歳過ぎまでずっと田舎で生まれ育った僕は。
この町の匂いやあの機械の無機質な音。
人々の歩く早さ。
 空の狭さ。
 霞んだ空気。
 全てに違和感を感じ。
 遠き故郷の面影を思い出しては。
 溜息を着くような日々を送っていました。

 そんなモヤモヤとした心を身に纏いながら。
 どうやら小学校であろう狭い校庭を左手に眺め。
 十字路を右に曲がりました。
すると雑貨屋さんの様な

こじんまりとしたお店の前で。
 真っ白で毛並みの綺麗な猫が。
 ピョコリと座って身を丸めていました。

 店の前には煙草と飲み物の自動販売機。
どうやらここは目当てであった

煙草屋さんの様でした。
ちらりと店の中を覗くと

人気はありませんでしたが。
 棚には様々な煙草が積んであったので。
 間違いはなさそうでした。
 まあ、中に入るまでも無く。
 自販機でもいいかあとそちらに近づくと。
 白猫はフワリと立ち上がり。
 僕のほうに近寄って来ました。
 もともと猫が好きな僕は。
 嬉しくなって指先を鼻に持っていくと。
 猫特有の習性なのか。
 クンクンと匂いをかんで身を寄せてきました。
その白く綺麗な毛並みの丸い背中を

優しく撫でてやると。
白猫は目を閉じて為すがままに

身を預けてきました。

 ふと気づきましたが。
 この猫は首に紐が繋がれていました。

 『へえ。』
 『なんだか珍しいなあ。』

東京じゃあ猫も犬みたいに紐に

繋いで飼うのかなあと。
 車多いから危ないもんなあと。
 東京デビュー間もない僕は。
 自然にそんな風に感じました。
後々、東京でも紐に繋ぐのは

珍しいと知るのですが。

 『お前紐に繋がれて窮屈じゃないのかい?』

 僕がそう問いかけると。
 白猫は返事も無く立ち上がり。
 お店の中にスルリと入って行きました。
 なんとなく白猫に釣られてしまった僕は。
 一緒にお店の中に入って行きました。

 『ごめんくださーい。』
 『すいませーん。』

 人気の無い店内で声をかけると。

 「はい、はーい。」

 と。店の奥から声が返ってきて。
 恐らくは80近くであろうお婆さんが。
 ゆっくりゆっくりと中から出てきました。

 「いらっしゃいませー。」

 『すいません。』
 『マイルドセブンの1ミリを

      ワンカートン下さい。』

 「はいはい。」
 「マイルドセブンねー。」

 お婆さんはこの町にはおよそ似つかわしくない。
 ゆったりとしたペースで。
 ペタペタとサンダルを鳴らして。
 煙草を積んである棚のほうに歩いて行きました。


 ガッシャンコン。ガッシャンコン。


 遠くの工場の音が響く店内で。
 いつの間にか白猫が

    お婆さんに寄り添うように近づいて。
 その所作を静かに見つめていました。
 お婆さんはゆっくりと煙草の

    たくさん詰まった棚を眺め。

 「マイルドセブンマイルドセブン。」

 と独り言を言いながら探してくれました。
 棚のずっと上のほうに積んである。
 マイルドセブンに気づいた僕は。

 『取りましょうか?』

 と。棚のほうに歩み寄り。
 マイルドセブン1ミリのワンカートンを

    手に取りました。

 「あら。ありがとうねえー。」
 「おばさんもう歳だからねー。」
 「よく分らなくってねー。」
 「ありがとうねえー。」

 と。お婆さんは言いました。
 ほんとうに有り難そうにお婆さんが

    言うものだから。
 僕はなんだか照れくさくなって。

 『最近は種類が色々あって

      分りづらいですよねー。』

 と。応じて鼻をこすりました。

 「えーっと。」
 「マイルドセブンは幾らかしらねえー。」

 お婆さんが呟いたので僕は。

 『えーっと。』
 『一つ三百円で十個入っているから。』
 『三千円ですね。』

 と。なんだか自分が悪い人間じゃないことを。
 殊更強調するかのように。
 妙に分りやすく丁寧に説明していました。

 『ああ。そうなの。』
 『ありがとうねえー。』

 と。お婆さんは。
 僕の提示した金額に何の疑いもありません。
 そして僕はポケットから三千円を取り出し。
 お婆さんに渡しました。
 お婆さんがレジをピッピっと

    ゆっくり打ち始めると。
 レジの下で様子をじっとみていた白猫が。
 ヒラリとレジの横のカウンターに飛び乗り。
 お婆さんと僕をその綺麗に透き通った。
 水色の瞳でじっーと眺めていました。

 『ああ。そうか。』
 『お前がお婆さんとこのお店を

       守っているんだなあ。』
 『偉いなあ。偉いなあ。』

 僕は心の中でつぶやき綺麗な白い毛並みの

    丸い背中を。
 ゆっくりと撫でてやりました。

 「あら。テンちゃん。」
 「撫でてもらって良かったねー。」
 「優しい人で良かったねえー。」

 お婆さんはそう言いながらレジを打っています。
 僕はまた照れくさくなって。

 『可愛い猫ですねー。』
 『テンちゃんて良い名前ですねー。』

 と。白猫のテンちゃんを

     ちょっと強く撫でてしまいました。
 お婆さんはレジを打ち終わると。
 今度はゆっくりと煙草を

    コンビニ袋に入れ始めました。

 『そのままでいいですよ。』

 と。言おうかと思ったが。
 せっかくだから入れてもらうことにしました。
 入れ終わるとお婆さんは。
 ペタペタとサンダルを鳴らしながら。
 色々な雑貨や食べ物のある

    ワゴンのほうに歩いてゆき。
 そこからアンパンとオロナミンCを持って

 「若いんだから食べなさいねー。」

 お婆さんはそういって。
 煙草の入った袋の中に一緒に詰めてくれました。

 『いや。実はそんなに若くないんですよ。』

 と。心の中で思いましたが。
 お婆さんからみたら

    孫みたいなものでしょうから。
 ありがたく頂戴する事にしました。
 そしてお店を出る帰りしな。

 「どうもありがとうございましたー。」
 「煙草の喫み過ぎに気をつけるんだよー。」

 と。お婆さんは声をかけてくれました。
 ほんとうに有り難そうなお婆さんの言葉と。
 見ず知らずの僕の身体を

    自然に気遣うお婆さんの心に。
 じんわりと胸が熱くなり涙が

     ポロリ零れそうになりました。

 『どうもありがとう!』

 なんとか笑顔で振り返ると。
 テンちゃんとお婆さんは。
 仲良さそうに身を寄せて。
 僕を送り出してくれていました。
 テンちゃんはいつでも。
 優しいお婆さんの近くにいたいのだから。
 広い世界の事なんて。
 あの紐の事なんて

    ちっとも気にならないんだろうなあ。
 そんな風に思いました。

 そして僕は。
 マイルドセブンとアンパンと

    オロナミンCの入った。
 コンビニ袋をぶら下げて。
 安アパートへの帰り道を。
 ブラリブラリゆっくりと辿りました。


 ガッシャンコン。ガッシャンコン。 
 ガッシャンコン。ガッシャンコン。 


 いつでも工場の音色響くこの町に。
 人々の歩み早いこの町に。
 空が窮屈で霞んだ空気のこの町に。

 心を許し始めている僕がいる事を

    唯々感じながら。